2012年5月31日木曜日


 よく、東大、京大クラスに入れないと、と言われますが、それはこの"業界"を知らない人の思い込みに過ぎません。この分野のプロとして申し上げますが、しっかり物理学と数学を学ぶことが何よりも大切で、東大や京大で学ばなければ天文学者になれないということはまったくありません。

 次に、学科ですが、天文学科を置いている大学は3つです。上記プラス東北大ですね。しかし、天文学科は設置していないけれども、天文学者がいて天文学の研究室があり、天文学を学べる大学は、国立私立を問わずたくさんあります。物理学科や教育学部の理科教育系などです。どのような大学があるかは、"天文教育普及研究会"(検索してください)で紹介しています。

2012年5月19日土曜日


■ 纒向遺跡の建物跡が卑弥呼時代の建物?

2009年3月21日の新聞(読売、毎日、朝日は夕刊)で「奈良県桜井市の纒向遺跡で、 計画的に建てられたとみられる3世紀前半〜中頃の3棟の建物跡が確認された。」ことが報道された。

纏向遺跡は、邪馬台国畿内説を採った場合、都の最有力候補とされており、桜井市教育委員会は、卑弥呼の時代の遺跡中枢部の一端が明らかになったとしている。

この報道についていくつかの論点がある。

■ 本当に3世紀前半〜中頃という年代なのか

この年代は庄内式土器によって判断されたものである。庄内式土器の年代の決め方については、石野博信先生と昨年対談した時に話題としたが、石野先生は年代を次のように決めていると解説された。

まず、古い方は王莽の新の時代(8〜23年)の貨泉で決め、新しい方は5世紀ごろに現れた須恵器で決めると言うことであった。そして、その間に土器の型式がいくつあるかを調査し、年代を割り振る。そうすると、庄内式土器の時期がおよそ250年代になり、纏向遺跡の年代も決まってくる。

2012年5月17日木曜日


この記事は「命の三角形」で述べられていた、「自身の時に机の下や車の中にいてはいけない。 すぐ横に入れば助かる可能性が高い。」という内容についての反論記事の翻訳になります。

命に関わることですので、このような情報は誰がどのような根拠を元に発信しているか確認して下さい。

記事原文は元記事からもリンクされてますが下記にあります。

ちなみにこのサイトは「都市伝説」について語るページです。

リンク先の参考文献、というかコップ氏についてかなりきつめの批判をしている外部記事の翻訳はまだ行っていませんので英文のままです。

「専門家による Doug Copp の記事への批判」の翻訳も行いました。

------------以下翻訳--------------
上記の自称"熟練レスキュー"のダグ・コップによって示された地震時の安全確保方法[命の三角形]がすべて間違っているかどうか私たちには言えません。 しかし読者がこの記事(特に"隠れて潜る"方法を選んだ人が全員死んだというアドバイス)を眉に唾をつけて読んだほうが良さそうな説得力のある理由はいくつかあります。

1) アメリカ赤十字の災害対策専門家達は「トルコなど別の国での地震の経験から得た見地を建築基準が根本的に異なるアメリカでは適応できない」と論じています。

2012年5月16日水曜日


赤い点をドラッグしてみてください。

あくまで基礎中の基礎なので、もっと詳しい方はこちらのほうがおすすめです。
「2009-02-11 - 最速チュパカブラ研究会」

■画像を3D的に遠近感を出すには?

例えば正面を向いている画像が上を向いているように見せるにはどうすればよいでしょう?
それは、画像を台形にして上辺が狭くなれば、立体的に上を向いているように見えますよね?

今回はcanvas要素を使ってこういった画像を変形させることにします。
しかし、現在仕様が固まりつつあるcanvasの2Dレンダリング方式では、こういった画像に奥行を与える直接的な機能を持っていません。
つまり長方形のカタチから台形に変形させるのは簡単にできないというべきです。
Flash Playerはvar10からムービークリップ等を3D的に回転させたりすることが可能になりましたが、canvasの場合は何らかの方法で実現しないといけません。
(canvas、ではなく、正式には「CanvasRenderingContext2Dというcanvas内のオブジェクト」なんですが、便宜上canvasと言うことにします。)

■canvasでできる変形の基本

画像が3D的に見えるように台形に変形させる前に、canvasでできる変形とはどういうものか、おさらいしておきましょう。

ここでいう「変形」というのは、以下のとおりで、これらは全てcanvasに直接備わっているので簡単に変形が可能です。

しかし、先ほども言いましたとおり、台形みたいに、あるいはもっと不規則な四角形に変形する命令(メソッド、といいます)は直接canvasには備わっていません。
例えば以下のような台形や不規則な形状の変形は簡単にはいきません。

よって、直接できないこれらの変形は次の方法を使うことで実現できます。

■2つの三角形に画像を割って個別に変形させる

1枚の長方形を台形に変形させるには、左上と右下で三角形を作って2つに割ってしまいます。
三角形はマスク領域となり、左上と右下のそれぞれの三角形にクリッピングマスクするように画像を処理していきます。

2012年5月14日月曜日


ジョン・ハリソン (John Harrison)

以下の文書は次の一部分の翻訳です。 使用している絵も英語版の Wikipedia の絵から作ったものです。

John Harrison - Wikipedia

ジョン・ハリソン (John Harrison)

ジョン・ハリソン (1639 年 3 月 24 日 - 1776 年 3 月 24 日) は英国の独学の大工で後に時計製造者になった。 彼は海洋クロノメーターを発明し、 これは海上において東西の位置、あるいは経度を確立するための問題を解くために 長きにわたって渇望された装置であり、 これは革命的なことで、帆船時代 (Age of Sail) に おける安全な長距離航海の可能性を拡大したのである。 問題が非常に手に負えないと思われたので、 英国議会は 20000 ポンド (現在の価値では 287 万ポンド程度) の賞金を問題の解決に提供した。

2002 年の公開投票では、ハリソンは 100 人の最も偉大な英国人の 39 番目となった。


ジョン・ハリソン
P.L. Tassaert のハーフトーンの印画
(Thomas King の 1766 年の肖像画に基づく)
ロンドンの Science and Society Picture Library

初期の生活

ジョン・ハリソンは ウェスト・ヨークシャー のウェークフィールド (Wakefield) の近くの フォールビー (Foulby) で、5 人兄弟の長男として生まれた。 彼の父親は、近くのノステル修道院 (Nostell Priory) の屋敷 (estate) で大工として働いていた。 家族の家庭であったと思われる家には青い飾り板 (plaque) が取り付けられている。

1700 年頃に、家族はノース・リンカンシャー (North Lincolnshire) の村であるバロウ・アポン・ハンバー (Burrow upon Humber) に移住した。 ハリソンは父親の大工としての仕事を引き継ぎ、 暇な時には時計を製造したり、修理したりした。 伝説によれば、6 才の時天然痘で寝たきりとなった時に、 楽しみのために時計が与えられ、 何時間もの間チクタク音に耳を傾け、駆動部を学んだとのことである。

彼はまた音楽にも取りつかれ、 まもなくバロー (Burrow) 教区教会の聖歌隊指揮者となった。

経歴

ハリソンは 1713 年に最初の長箱時計 (longcase clock) を製造した、 これは 彼が 20 才のときであった。 機械部は完全に木製で、これは 指物師 (joiner) の自然な材質の選択であった。 ハリソンの初期の木製の 3 つの時計は現在まで生き延びており、 最初の物 (1713 年) は 時計職同業組合 (Worshipful Company of Clockmakers) のギルドホール (Guildhall) のコレクションで、 第二の物 (1715 年) は サイエンス・ミュージアムにあり、 第三の物 (1717 年) はヨークシャーのノステルの屋敷にあり、 表面には"ジョン・ハリソン・バロー"と刻まれている。 ノステルの実例は、この素晴らしい威厳のある家のビリヤード室に あり、外観はビクトリア様式で、機械装置の両側には小さなガラスの窓が取り付けられ、 これにより木製機械を検査できた。 1720 年代初期に、ハリソンはノースリンカンシャーのブロックレスビー公園 (Brocklesby Park) の 新しい塔時計を製造することを依頼された。 時計は現在でも動作し、 彼のそれ以前の時計と同様に木製の機械部からなり、 オーク (oak) と リグナムバイタ (lignum vitae) で出来ていた。 彼の初期の時計とは異なり、計時機能を改良するために幾つかの独自の特徴を組み込んでおり、 例えばグラスホッパー・エスケープメントがある。 1725 年から 1728 年の間にジョンと弟のジェームズ (James) -- 彼もまた熟練した指物師で -- 少なくとも 3 つの精密振り子時計を製造した。これらも再びリグナムバイタの機械装置を備えた長箱時計であった。 この期間に すのこ型振り子 (grid-iron pendulum) が開発された。 これらの精密時計は当時、世界で最も正確な時計であったと思う人もおり、 海洋時計と著しく直接の関連を持っている。 第一の物は今や個人のコレクションである。もともと 米国の時計博物館 (Time Museum) のコレクションとなっていたが、 2000 年に博物館が閉館となり、2004 年のオークションでコレクションが散逸した。 第二の物は英国、 ウェスト・ヨークシャーの リーズ市博物館/美術館 (Leeds Museums and Galleries) のコレクションである。 現在は展示されていないが 2011 年のある時点から、新規のリーズ市博物館に永久展示されることが 計画されている。 第三の物は時計職同業組合 (Worshipful Company of Clockmakers) のコレクションである。

彼は多くの技術を備えた人物で、 系統的にこれを使用して振り子時計の精度を向上した。 彼の発明した すのこ型振り子 (grid-iron pendulum) は 真鍮と鉄を交互に組み合わせ、異なる膨張率と圧縮率が互いに消しあうようにした。 彼の創造的な天才としての実例にはグラスホッパー・エスケープメントがあり、 これは時計の駆動力をステップごとに制御する装置である。 アンカー・エスケープメントから開発され、 摩擦がほとんどなく、 突起 (pallet) が木製のリグナムバイタから製造されていたため、潤滑油の必要がなかった。 これは当時は重要な利点であった。というのは潤滑油とその劣化がまだほとんど理解されていなかったからである。 ハリソンが初期の海洋時計を製造するのにあたり、 資金面でもそれ以外の点でも ジョージ・グラハムによる絶えざる援助があったことはあまり知られていない。 ジョージ・グラハムは時計製造者且つ装置製造者であり、 1728 年にハリソンがグラハムを訪れ、彼の計時装置の仕組みを説明した後に、 グラハムは信用貸しで多額の資金を提供した。 ハリソンは王立天文官の エドモンド・ハレーによりグラハムに紹介され、 エドモンド・ハレーも又ハリソンとその作品の支持者となった。 この支持が重要であったのは、 ハリソンは首尾一貫した方法で彼のアイデアを伝達することが困難であると言う世評があったからである。

経度

問題の概観

2012年5月12日土曜日


「物語消費論」や「キャラクターメーカー」「ストーリーメーカー」などの著作で知られる、批評家、漫画原作者として高名な大塚英志氏。

今回は、そんな大塚先生の著作に感銘を受けたwise9編集長、shi3zが恐れ多くも大塚先生にインタビュー取材を敢行。「コンピータもゲームも自分の人生に必要ない」と断言する大塚先生にコンピュータとゲームしか人生に存在しないwise9編集部が聞く!




——本日は取材に応じて頂いてありがとうございます。まず失礼ですが、あらためて大塚先生の経歴をお聞きしてもよろしいでしょうか。

僕の仕事はもともと、今もそうだけど「漫画の原作者」です。ほとんど角川書店の専属に近いですね。「多重人格探偵サイコ」シリーズの作品など、何本かの漫画のシナリオを書くのが今の仕事です。

——大学で教鞭を執ったきっかけはどういったものですか?

5年前に「神戸芸術工科大学」のメディア表現学科というメディア系の大学が立ち上がるということになったときに、カリキュラムから作らせてくれる、ということだったので、「まんがの教え方をゼロからつくる」ことを面白く感じたことがきっかけ。その学科のカリキュラムを作りながら、教員をやっています。職業はその2つですね。

——カリキュラムから、つまりゼロから学科を創設されたわけですね。

ぶっちゃけた話を言うと、文科省の方針で、5,6年前にコンテンツ系の大学や学部学科の乱立というものがあったんですが、このような大学というのは元々に日本になかったものなので、どの大学もアメリカの映画系の大学のカリキュラムを参考にしたのです。 (参考: Wikipedia – 映画学)

でも、アメリカのカリキュラムを右から左に持って来ただけなので「じゃあいったい何をやるのか」という内容がなかったんですね。

もともとこのような構造的物語論というのはアメリカではごく当たり前にストーリーづくりに実用化されているものです。

有名なのは、映画「スターウォーズ」のプロットを作るとき、監督のジョージ・ルーカスが神話学者ジョーゼフ・キャンベルに弟子入りのようなことをしているんですよね (参考: ジョゼフ・キャンベル「千の顔を持つ英雄」)。文化人類学の神話分析の中の論理フレーム、という古典的なものを、「批評的な枠組み」としてではなく、「構造から映画のような具体的な物語」を導き出すという応用論としてルーカスが受け止めたわけことで、おそらく1990年代後半から2000年代アタマくらいの時期には、この理論は既にハリウッドによってマニュアル化されていたわけです。

私は80年代くらいに編集の仕事をやる中で、角川書店でファミコンのゲームを題材に漫画を出版する仕事に携わったんですね。ゲームと漫画のメディアミックスというのは、今では当たり前のことですが、当時、かなり新しい尖った実践だった。今までは編集者だったのに、いきなり漫画の原作の脚本を書かなきゃいけなくなったんです。しかし私は、大学では民俗学の出身で、卒業論文で「都市伝説の構造分析」というテーマを扱い、物語の分析については既に初歩的なことをやっていた。それを転用すれば、コンピュータゲームに関しても、そういった物語の文法が見つかるだろう、という直感がありました。

手塚治虫の「どろろ」の物語の構造が、遡れば英雄誕生神話、例えばオイディプス神話と共通しているように、それらの物語の構造を残したまま設定や世界観を変えれば、コンピュータゲームの時代に適応する物語も書くことができるだろう、と思ったわけです。

それがきっかけでで、元々編集者だった仕事が、原作者という仕事に結果的にシフトしてしまった。ゲームに関しては、2、3本関わったんだけど、結局"のれ"なくて、降りてしまったんですけどね。自分の好きな方の仕事をずっとやっている、というかたちです。

——ゲームは好きになれませんでしたか。

いくつかやってみたんですけど、時間の無駄なんだという以上の感覚は持てなかった。RPGなどのゲームなら、ストーリー性があるから書籍の方が近いのかな、と思ったら、結局のところはゲームだったんですよね。

ザコの敵を何度も何度も倒したりする、あれツマラないじゃないですか。ゲームをやる人は否定しませんが、僕の人生にはあまり要らないものだな、と感じました。

——なるほど。それは現代のコンピュータゲームが抱えている構造的な問題のひとつですね。ところで、ゲーム開発を生業としている私には大塚先生の書籍「ストーリーメーカー」の中で、プロップの31のステップを踏んで、魔法民話風物語を作るというのはすごく刺激的に思えました。

それ、実は1920年代くらいの社会主義革命直後のソビエトのすごくクラシックな理論なんですよ。民話の構造分析のすごい先駆けなんですけど、それがスターリンによって粛正されてしまった。50年代から60年代にフランスの構造主義の台頭で復活してきて、80年代を席巻したニューアカとか構造主義の文脈の中で、記号論のなかで日本でも盛んに扱われていたわけです。

2012年5月11日金曜日


From Definition of Free Cultural Works

安定版
これは定義の1.0安定版です。このバージョン番号は定義が発展するにつれ更新されます。編集可能なバージョンはDefinition/Unstableにあります。さらに詳しい情報は作成過程を、他言語への翻訳に貢献されたい場合は翻訳をごらんください。

[edit] 要約

この文書は「自由文化作品」を定義したものです。自由文化作品とは、誰もが、どのような目的にでも 自由に習作、活用、複製、または編集することのできる、作品や表現をさします。 またこれらの基本的自由を尊重したり守るための、特定の許可可能な制限をも表します。 この定義では「フリー作品」と、フリー作品のステータスを法的に保護することに用いることのできる 自由ライセンスとを区別します。定義じたいはライセンスではありません。 作品とライセンスのどちらが「自由」なのかを判別するための道具です。

[edit] 前文

社会と技術の発展により、さまざまな作品を「アクセス、創作、修正、出版、頒布」できる 人たちが増加してきました。 こういった作品は美術作品であったり、科学的、教育的素材であったり、ソフトウェアだったり 記事だったりします。端的に言えば「デジタル形式で表されうる何か」です。 これらの新しい可能性を多くのコミュニティが実践し、再利用可能な作品という財を 形成してきました。


ほとんどの作者は、活動分野の違いこそあれ、またアマチュアであれプロフェッショナルであれ、 作品が広まり、再利用され、創発的な手法で派生してゆく生態系にたいして、純粋な興味を持っています。 作品の再利用と派生が容易になればそれだけ、私たちの文化がより豊かになります。


この生態系のすばらしい機能を確かなものとするため、著作者の作品は自由であるべきです。 この「自由」を私たちは

2012年5月9日水曜日


オゾン層や紫外線に関する基礎知識

A:
地表に到達する太陽紫外線は、オゾン層の影響を受けます。太陽紫外線の一部はオゾン層で吸収されるため、一般的にオゾン層のオゾン濃度が低いほど地表の紫外線量は高く、逆にオゾン濃度が高いほど地表の紫外線量は低くなるという関係があります。

<参考>平成22年度オゾン層等の監視結果に関する年次報告書上の関連記述
  第3部 1.太陽紫外線の概要(P105~P113)[PDF 1.5MB]

<<質問へもどる

A:
太陽からの紫外線は、地球の大気圏を通ることで部分的に吸収されます。吸収される量は、大気中のオゾン全量の影響の他、大気圏を通る太陽光の経路によって決まります。 例えば、太陽高度が低いほどオゾン層を斜めに通過するため、オゾンによる吸収の影響を受けて大きく減少します。また、太陽高度が高いほど一般的に紫外線量は多くなります。

<参考>平成22年度オゾン層等の監視結果に関する年次報告書上の関連記述
  第3部 1―3.紫外線量の変動要因(P109~P113)[PDF 1.3MB]

<<質問へもどる

A:
UVインデックスは、人体の日焼け(紅斑)に関係する紫外線の強さを分かりやすく表すために利用されている指標です。UVインデックスは、1から11+の値で表されます。

2012年5月7日月曜日


化学結合と結晶

原子からなる物質

1)共有結合の結晶

 多数の原子が全て共有結合によって連なり、規則正しく配列している結晶を共有結合の結晶という。炭素の単体(ダイヤモンド、黒鉛など)ケイ素の単体二酸化ケイ素SiO炭化ケイ素SiCがある。炭素とケイ素はともに14族に属し、最外殻電子(価電子)が4個の非金属元素である。最外殻電子が4個のため、イオンにはならず、主として共有結合で化合物をつくる。すべての粒子が結合力の強い共有結合なので融点が高い。また、電気をほとんど導かない、かたい、水に溶けにくい(黒鉛は例外)性質がある。共有結合の結晶は多数の非金属の原子が共有結合で結合しているので、巨大分子ともいわれる。


ダイヤモンドと黒鉛

ダイヤモンドは4つの価電子全てを用いて他の炭素原子4と共有結合している。そのため、正四面体構造がいくつも重なり合った結晶となり非常に硬くなる。     一方、黒鉛は3個の価電子を用いて他の炭素原子3個と共有結合している。そのため、平面で炭素6正六角形構造を形成して、その平面構造がいくつも重なり合った結晶となる。平面構造どうしは互いにファンデルワールス力(共有結合に比べるとはるかに弱い結合)によって結合しているため、ダイヤモンドよりも柔らかい結晶となる。また、黒鉛は炭素原子が価電子を1個余らせている。この余った価電子が金属結合の自由電子(次で学習)のようなはたらきをするため、電導性が生じる。

ケイ素と二酸化ケイ素

2012年5月5日土曜日


1:ベガス亭 粋で楽しい名前ρ ★:2012/03/10(土) 18:54:05.06 ID:???

太陽表面の巨大な爆発(フレア)による太陽嵐が地球に到達し、米東部時間の8日から9日にかけて世界各地でオーロラが観測された。AP通信によると、普段はオーロラが見られない米ミシガン州やワシントン州のほか、南半球のオーストラリアやニュージーランドでも観測された。

2012年5月4日金曜日


 バイオテクノロジーとは何か。この用語を一瞥すると,バイオロジー(生物学)に基づくテクノロジー(技術)であることがうかがえる。これは1982年のOECD刊行物『Biotechnology : International Trends and Perspectives』においてはじめて表記された定義に現れており,これは今日でも受け入れられている。その定義とは「商品およびサービスを提供するために生物学的作用因子による原料の加工に科学的・工学的原理を応用すること」というものである(1)

 この定義は範囲が広く,本書の他のページにも見られるように,動植物を食用に飼育・栽培し,育成し,世話をすることも含まれると解釈することができる。また,この定義は,ヨーグルト,チーズ,ビール等の食品の加工に細菌を使用すること,あるいは抗生物質等の医薬品の生産に細菌を使用することを意味するとも解釈できる。また,この定義は範囲が広いため,製造工程の改善や流出した化学薬品のクリーンアップに細菌や植物を使用することも包含することができる。今日では,バイオテクノロジーは,一般には遺伝子工学と解釈されているが,一部の専門家は,これをもう少し範囲の狭い分野と見て,「先端」バイオテクノロジーと称するべきだと考えている。

 1982年の『International Trends and Perspectives』では,バイオテクノロジーの定義のほかに多くの勧告が盛り込まれている。そのうちの一つは,最先端のバイオテクノロジーを駆使した商品を国民が信頼できるようにするために,政府はその安全性を規制するための適切な機構をもうけなければならないと述べている。

2012年5月2日水曜日


NHKのニュース9で次の公式を取り上げていました。

円の面積=半径×半径×円周率(3.14)

この公式ですが、覚えている方も多いはずです。
でも、これがどうしてこういう式になるかについては、
習った人は少ないかもしれません。

ネットで下のような図を見つけましたので、
この図を使って、公式を説明してみましょう。

円の面積を考える場合は、図のように
円を同じ大きさの扇形に分割します。

2012年5月1日火曜日


一番簡単に標準サイズ計算を理解するため、実例を通して学んでみましょう。使用する例は20年前に処理したプロジェクトです。次の例においては、現実に得られた結果を理解するための強力な分析方法を使用します。
※ この例では、StatMateを使用する力学ではなくサンプル・サイズ計算の後ろのロジックを強調します。

標本サイズ分析の背景

血小板(凝結させる血液中の小さなセル)はalpha2-アドレナリン受容体を持っています。血液中のエピネフリン(アドレナリン)は、これらの受容器に拘束しており凝血を支援して集合します。アドレナリン作用の信号システムは高血圧症において異常かもしれないという多くの証拠があります。心臓、血管、腎臓および脳などの組織に、簡単にアクセスすることはできませんでした。代わりに、血小板上のalpha2-アドレナリン受容体の数を数えて、人々を高血圧症と、高血圧症なしで比較することを決定しました。
どれだけの科目を使用すべきでしょうか。

20年前にこの研究を行った時、多かれ少なかれ気まぐれで標本サイズを取りました。しかし、適切な標本サイズ分析を行うべきでした。ここでは、StatMateで適切な標本サイズを行う方法を示します。

Step 1: 分析の種類を選びます

ステップ1では、2つの質問に答え、StatMateが分析する種類を選びます:

・ 分析のゴールは?

この例で、新しい研究のために標本サイズを計算します。その後、完成した実験の検出力の決定をする例題に進みます。

・ 何の実験計画ですか?

この例で、対のないt検定を使用して、2グループの平均値の比較について計画します。

Step 2-1: 標準偏差(SD)の推定

ステップ2において、StatMateは、我々が求めたい標準偏差(SD)の入力について質問します。

たくさんの数値の分散(high SD)を求めたい場合、大きな標本サイズを必要とします。一方、非常に少ない数値の散布 (low SD)を求める場合、それほど多くのテーマを必要としません。求めたいと思う散布量を推定できなければ、必要とする標本サイズを簡単に推定することはできません。

この例では、異なった理由ですが、血小板plaelet alpha2-アドレナリン受容体に関する他の研究からのデータを使用します。これらの研究は、1つの血小板当たり、受容体の平均数が約250で、標準偏差は約65であることを示します。なぜそれほど高いのでしょうか。恐らく、生物学的変化や、受容体を数える際の実験誤差、血小板を数える際の実験誤差の結合結果と思われます。SD値を得るため、通常以前の研究結果を使う方が、試験的な研究結果を使用するよりも良いものです。