2012年5月4日金曜日

OECD東京センター


 バイオテクノロジーとは何か。この用語を一瞥すると,バイオロジー(生物学)に基づくテクノロジー(技術)であることがうかがえる。これは1982年のOECD刊行物『Biotechnology : International Trends and Perspectives』においてはじめて表記された定義に現れており,これは今日でも受け入れられている。その定義とは「商品およびサービスを提供するために生物学的作用因子による原料の加工に科学的・工学的原理を応用すること」というものである(1)

 この定義は範囲が広く,本書の他のページにも見られるように,動植物を食用に飼育・栽培し,育成し,世話をすることも含まれると解釈することができる。また,この定義は,ヨーグルト,チーズ,ビール等の食品の加工に細菌を使用すること,あるいは抗生物質等の医薬品の生産に細菌を使用することを意味するとも解釈できる。また,この定義は範囲が広いため,製造工程の改善や流出した化学薬品のクリーンアップに細菌や植物を使用することも包含することができる。今日では,バイオテクノロジーは,一般には遺伝子工学と解釈されているが,一部の専門家は,これをもう少し範囲の狭い分野と見て,「先端」バイオテクノロジーと称するべきだと考えている。

 1982年の『International Trends and Perspectives』では,バイオテクノロジーの定義のほかに多くの勧告が盛り込まれている。そのうちの一つは,最先端のバイオテクノロジーを駆使した商品を国民が信頼できるようにするために,政府はその安全性を規制するための適切な機構をもうけなければならないと述べている。


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評価から実践へ

 1980年以降,OECD加盟国は多くのバイオテクノロジー・プロジェクトについて協力してきた。その一つは,1986年に『Recombinant DNA : Safety Considerations』を発表したことである。この重要な研究書は『青書』としても知られ,「遺伝子工学」(遺伝子組換えともいう)という特定のバイオテクノロジーを取り上げている。遺伝子工学は,様々な工業および農業食品部門において使用される生体またはその生産物を利用する場合に科学的に適用される。例えば,糖尿病治療用にヒトのインシュリンを生産するよう遺伝子操作を行ったバクテリアやヒトの成長ホルモンはすでに1986年に承認されている。

 産業におけるバイオテクノロジー及び微生物学の重要性については,日ごとに認識が高まっている(Salomon Waldの記事を参照)。しかし,最近,公の議論や政治討論で大いに問題にされているのは,これらの産業への応用ではなく,むしろ遺伝子組換え作物(GMO)を食用作物として使用することやそれが環境に及ぼす影響に関してである。

 1982年の安全規則勧告に応えてOECDがはじめて発表した『1986年青書』では,農業用遺伝子組換え作物を含むGMOの開発・商業化のための主要な安全性の概念が明記されている。それらの概念は,リスク評価に関するアドバイス,農業と環境,遺伝子組換え作物の働きに関する理解を高める方法などを網羅している。

 例えば,遺伝子組換え作物の安全かつ小規模な実地テストに関するこれらの原則は,OECD諸国の数百名の専門家によりまとめられ,加盟国のGMO規則の基礎として使用されている。


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 これらの作業が進む一方で,民間・公共研究機関では,すでに農家や食品加工産業のために遺伝子工学を利用して新しい特質を有する作物の品種を開発し始めた。最初の実地テストは1986年にベルギーで行われ,それ以来世界各地で何千件もの実地テストが行われてきた。1992年にはアメリカではじめて商業化が認められた。それは遺伝子組換えを行ったトマトであり,これは青いうちに収穫するのではなく,完熟してから収穫し,箱詰めにし,輸送し,販売しても,やわらかくなったり,腐ったりしないものであった。以来,多くの遺伝子組換え作物の商業化が認められた。その大部分は北米と中南米であり,これらの諸国では遺伝子組換え作物が大規模に栽培されている。


遺伝子組換え作物についての理解

 遺伝子組換え作物の栽培が環境を危うくするのか,あるいはその安全性に寄与するのかについて公の議論が高まっている。化学肥料の使用,遺伝子組換え作物が鳥,動物,野草に及ぼす影響などについて疑問が提起されている。新しい食用作物の安全性を規制するためには在来品種の環境に及ぼす作用を十分に理解する必要がある。このため規制当局はOECDの生物学的安全性の原則を使用して,遺伝子組換え作物と遺伝子組換えを行わない「在来種」の比較を行ってきた。(Mark Cantleyの記事を参照)。


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 幸いなことに,OECDの科学に基づく事例研究のおかげで,長年に亘る作物開発・育種の歴史を参考にすることができる。1993年,OECDは『Traditional Crop Breeding Practices』を刊行し,最近では加盟国の専門家が,バイオテクノロジーの規制監督の調整に関する作業部会(Peter Kearnsの記事を参照)により,多くの特定の作物や樹木品種の開発・発表に取り組んでいる。


新種食品はどの程度新しいのか

 現在までに商業化されたほとんどの遺伝子組換え作物は,農業部門にとって新しい特質を有する。このためそれらはしばしば新種食品といわれる。新しい除草剤や害虫に対する耐性や病気に対する抵抗がその主なものであるが,実際には,それらは作物の品種としては目新しいものではない。作物育種事業者は何十年も前から作物の品種やその関連品種を調べ,そのような特質を新しい作物の品種に組み込む遺伝子を選び出してきた。では何が新しいかというと,最近改良技術が利用できるようになったおかげで遺伝子組換えの精度が高まったことである。更に市場の要求も厳しくなっている。どの国でも栽培業者は育種業者に安定性を高めるよう要求してきた。食品加工会社,小売業者,それに最終消費者も同様である。彼らは食品� ��安定した均質性と品質を求めてきた。遺伝子組換え食品は,これらの要求に対する一つの答えであった。


 新種食品のもう一つの異なる点は規制である。生物学的安全性の規制の誘因となるのは,明らかにプロセスの定義にかかわる問題である。遺伝子組換え作物は規制されるのに対し,従来の開発作物は規制されない。一部の利害関係者はこれを矛盾する行為と見ており,遺伝子組換え食品産業の発展を不当に妨げる過剰規制になると警告している。これに対し,他の人々は,われわれが取り組んでいる新しいプロセスについて理解を深める必要があり,従って公衆の信頼を得るために特定のリスクや安全性の評価を必要に応じて適用することは全く当然のことであると主張している。これらは重要な意見の相違であり,バランスのとれた客観的な考察を行えば,その意見の相違を克服できるであろう。


(1) Biotechnology : International Trends and Perspective, Alan Bull, Geoffrey Holt and Malcom Lilly, OECD
1982.


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