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ERPについてのQ & A
ここでは事象関連電位(ERP)についてのさまざま疑問に答えます。ご意見・ご感想はメール()でお寄せください。
基礎編(Q1-Q6) / 測定編(Q1-Q13) / 統計分析編(Q1-Q3) / 論文投稿編(Q1-Q6)
お知らせ(2005年9月7日)
「心理学のための事象関連電位ガイドブック」が北大路書房から出版されました(191ページ,税込¥3,675)。このページの内容を拡充し,ERPの基礎知識と方法論を学部生・大学院生向けに平易に解説した参考書です。ぜひ一度ご覧ください。
基礎編
Q1.ERPは何を反映しているのですか?
Q2.得られたデータはどのように解釈するのですか?
Q3.ERPの「成分」とは何のことですか?
Q4.ERPはどのような研究に用いられていますか?
Q5.ERPはその他の脳機能測定法とはどのように違うのですか?
Q6.ERP研究のための必読文献はありますか?
心理生理学会(Society for Psychophysiological Research: SPR) から「人間の事象関連電位を認知研究に利用するためのガイドライン:記録の標準規格と発表の基準 (Guidelines for using human event-related potentials to study cognition: Recording standards and publication criteria)」が2000年に発表されました。その題名から分かるように,このガイドラインには記録や分析の技術的側面だけでなく,ERPの研究報告が科学論文として認められるために必要な条件が詳しく述べられています。SPRのホームページからダウンロードできます(PDF形式 207 KB)。その概要は私の個人的なメモ (PDF形式 37 KB)で分かります。また,SPRの許可を得て全訳したものを「心理学のための事象関連電位ガイドブック」の付録に収載しています。
これに先だって,1993年には,「研究文脈における脳電位活動の記録と量的分析のためのガイドライン(Guidelines for the recording and quantitative analysis of electroencephalographic activity in research contexts)」が発表されています。自発的に生じる背景脳波を測定・分析するときの注意点が述べられています。この論文も,SPRのホームページからダウンロードできます(印刷物をスキャンしたPDFファイル 1.3 MB)。
最近出版された洋書として,
Handy, T. C. (Ed.). (2005). Event-related potentials : A methods handbook.. Cambrige: MIT Press.[Amazon.co.jp ]
Luck, S. J. (2005). Introduction to the event-related potential technique. Cambrige: MIT Press.[Amazon.co.jp]
があります。特に後者は,視覚ERPの研究で有名な研究者が単著で書いた優れた入門書です。この本が出ることを知っていたら,私は自分で本を書かずに,この本を翻訳したでしょう。
ERPを含む脳の電気活動についての最近の本に,
があります。Nunezによる名著(1981年)の改訂版です。必読ではないですが,詳しく知りたいときに参照するといいでしょう。
測定編
Q1.どのような電極を使ったらいいですか?
銀-塩化銀(Ag/AgCl)電極の電気特性がよいと一般に言われています。このほかにも,スズ(Sn,tin)電極,銀(Ag)電極などが使われていますが,これらは短い時定数(0.3秒)で記録する通常の脳波向けです。ERPのような緩やかな電位変化を長い時定数で記録するときには,Ag/AgCl電極を使うのが定番になっています。現在のAg/AgCl電極は焼結(sintered)タイプが主流で,壊れにくく,手入れも簡単です。
ただし,Ag/AgCl以外の電極でも,脳波計の入力インピーダンスが十分に高ければ(100MΩ程度:通常市販されている脳波計ならばこの程度はある),長い時定数でもあまり歪みなく記録できます(Picton, T. W., Lins, O. G., & Scherg, M. 1995. Handbook of neuropsychology (Vol. 10, p. 5), Elsevier: Amsterdam)。
Q2.基準電極はどこにつけたらいいですか?
基準電極は,耳朶(じだ:earlobe)や鼻尖(nosetip)につけることが多いです。理論的には,基準電極は脳電位の影響を受けない場所につけるのですが,首から上にそのような場所はありません。頭部以外(首の付け根)に基準電極をおく方法もありますが,そうすると心臓に近くなるので心電位が混入します。また,頬やあごなど筋肉があるところでは筋電位が混入します。脳電位・心電位・筋電位の影響を比較的受けにくい場所を消去法で探していくと,耳朶や鼻尖が基準部位の候補として残るのです。
図1は,両耳朶連結と鼻尖を基準にして記録したERP波形の比較です。鼻尖を基準としたときには前頭極(Fpz)での振幅が小さくなっています。一般に,基準電極に近い部位の電位は小さく記録されます。本来ニュートラルであるべき基準電極に,測定している信号が漏れ込むからです。これを「基準電極の活性化」といいます。脳波は,基準電極と探査電極の間の電位差を測定したものですから,基準電極と探査電極に共通に含まれる電位は記録されません。そのため,基準電極に近い部位の電位は小さく見積もられるのです。
図1.ERP波形に及ぼす基準電極の影響。
視覚3刺激オドボール計数課題におけるターゲット(p = .125)に対する16名の総加算平均波形。正中線上5部位における刺激呈示開始後1秒間の波形を示している。アナログ脳波計を用いて記録時から基準電極を変えて記録した(時定数3.2秒,ハイカットフィルタ30Hz,サンプリング周波数 200 Hz)。
マストイド(mastoid:乳様突起[耳の裏の付け根の頭蓋骨の突起])を基準部位とすることがありますが,マストイドは頭皮上にあり,耳朶よりも脳に近いので,側頭部の脳電位が漏れ込んできます。そのため,基準部位としてはあまりお薦めできません。側頭部で大きく記録される電位(P3も含みます)をマストイドを基準として記録すると,鼻尖を基準として記録したときよりも振幅が小さくなります。マストイドで基準電極の活性化が起こるからです。むしろ,マストイドには探査電極をおいて側頭部の電位を記録するのがよいでしょう。
このような基準部位の影響をなくすために,記録に使ったすべての電極で得られた電位の平均値を基準とする方法(平均基準)もあります。この方法は,頭部全体を覆うように均等な間隔でとりつけた複数の電極から脳波を記録するときには有効です。頭皮上電位分布図(トポグラム)を描いたり,電位発生源を推定するときに使われます。しかし,少ない部位から記録するときには平均基準は意味がありません。
波形をデジタル(数値)化しておけば,分析時に基準部位を変えることができます。記録時には,任意の部位を共通の基準として,残りの部位からデータを記録します。記録時に使う仮の基準電極はどこに置いてもよく,脳波電極とは別の電極をつけることも,脳波電極と兼用する(FzやCzなど)ことも,後で基準として利用する電極を使う(A1またはA2)こともあります。分析時に基準としたい部位(A1,A2,鼻尖など)にも電極をつけて,共通の基準との間の電位差を記録しておきます。大事なことは,すべての電極部位から共通の基準を使って記録することです。まばたきや眼球運動をモニタするのに,眼窩の上下/左右から眼電図を双極導出することがありますが,記録チャネルが余っているなら,上下左右の電極から別々に記録し� ��おくことを薦めます。分析時に双極導出波形に計算しなおすことができます。左電極のチャネルには[左電極−システム基準]の電位差,右電極のチャネルには[右電極−システム基準]の電位差が記録されていますから,左右双極導出の波形[左電極−右電極]は,両者を引算することで求められます([左電極−システム基準]−[右電極−システム基準]=[左電極−右電極])。特に,眼窩上部の電極からは眼電位だけでなく脳電位も記録されるので,双極導出で記録した垂直眼電図には,眼電位だけでなく脳電位も含まれることになります。双極導出で記録した波形をあとから電極ごとに分解することはできないので,眼球アーチファクトを過大評価しないためにも,それぞれの電極を独立に記録するのが望ましいのです。
最初に述べたように,絶対に正しい基準部位というのはありません。基準電極をおく場所によって記録される波形が異なることを知った上で,先行研究と比較しやすいような基準部位を選ぶのがよいでしょう。心配ならば,分析時にいくつかの基準が選択できるように,複数の部位(A1, A2, 鼻尖,頭部外)から共通の基準を使って記録しておくことを薦めます。また,たくさんの電極をつけるならば,平均基準を使った分析も試してみましょう。
Q3.両耳朶連結基準はよくないのですか?
両耳朶連結基準がよくないといわれる理由は2つあります。一つは,耳朶を基準にすることの問題です。前の質問への回答で述べたように,基準電極の近くでは電位が小さく記録されます(基準電極の活性化)。側頭部に大きな電位が予測されるときに耳朶を基準にすると,側頭部の電位を過小評価する可能性があります。ただし,この問題は耳朶よりもマストイドを基準にしたときに深刻です。前述のように,マストイドを基準部位とするのは薦められません。
もう一つは,左右部位を連結することの問題です。左右部位を連結する目的は,左右半球の電位差を検討するときに偏りがないように,左右の平均電位(脳中央部の電位の推定値)を基準にするためです。以前の脳波計では,左右の耳朶電極を物理的に連結させて記録することがありました。この方法には,いくつかの欠点があります。(1) 導線を通じて左右の電極間に電流が流れ,左右半球の電位差が小さくなってしまう,(2) 耳朶と電極間の抵抗が左右で異なっていると電位が中心ではなく左右にずれてしまう(左電極が外れて右電極だけで記録したとしても「両耳朶連結」とよばれることになる)。このような欠点は,物理的な連結をやめることで回避できます。前の質問への回答で述べたように,左右の基準を別々のチャネルで記録し,あとで基準を計算しなおせばよいのです。具体的には,次のようになります。まず,左耳朶(A1)を基準として脳波信号を記録し,同時に右耳朶(A2)の電極からも左耳朶(A1)を基準として記録しておきます。そして,分析時にすべての脳波データからA2で記録された電位の2分の1を引算すれば,結果的にA1-A2連結で記録したのと同じ波形が得られます。
結論として,物理的に連結しないのであれば両耳朶連結を基準にしても問題はありません。左右半球差を検討するのであれば,左耳朶(A1)ないし右耳朶(A2)を単独で基準とするよりも合理的です。もちろん,鼻尖を基準にする方法もありますが,先行研究と比較する上で都合がよければ,両耳朶連結を基準としてもよいでしょう。
Q4.電極配置について,以前の10-20法と新しい10%法はどこが違いますか?
国際脳波・臨床神経生理学会連合(現・国際臨床神経生理学会連合)が国際標準として推奨する10-20法を,多チャンネル記録に対応するために1991年に拡張したのが10%法(拡張10-20法)です。違いは,正中線上の4箇所の部位名(AF, FC, CP, PO)を追加定義したことと,部位の命名に一貫性を持たせるために10-20法の4部位(図2の黒丸)の名称を変えたことです(T3/T4→T7/T8,T5/T6→P7/P8)。詳しい説明は,ERPについての解説記事(PDF形式 256 KB)のFig..2を見てください。
Q5.エレクトロキャップを使うときに気をつけることは?
たくさんの電極を短時間で装着するのに便利なのが電極帽です。以前は,Electro-Cap International 社のエレクトロキャップ(Electro-Cap)だけでしたが,現在はいろいろなメーカーから販売されています。ElectroCapを使うときに気をつけるのは,説明書どおりにボディーハーネスをつけることです。そうしないと側頭部と後頭部の電極が上にずれます。胸にバンドを巻くのがいやなときは,専用の顎ひも(マジックテープで止める)も販売されています。熟練者が正しく装着すれば,電極位置は最大1cmくらいしかずれないことが報告されています(Blom, J.L., & Annevedt, M. 1982. Electroencephalography and Clinical Neurophysiology, 54, 591-594)。